バルディーズ号事件

【事件の概要】

1989年、エクソン社のバルディーズ号がアラスカ湾で座礁し、大量の原油が流出する事故が起こりました。 回収機材輸送の遅れもあって、最終的に4万リットル以上の原油が流出し、約2500キロの海岸線が汚染されました。

 エクソン社は、対応の遅れによる環境汚染の広がりとともに、経営層の危機管理意識と情報提供態度においても、社会から厳しい批判を受けてしまいました。


【エクソン社の3つの失敗】

 第一の失敗は、事故後すぐに責任のある経営層が現地に赴かなかったことです。 経営層が事故処理に送り込んだのは地位の低い役員であり、最高責任者であったRawl会長が現地を訪れたのは22日後でした。

 第二に、事故後、多くのメディアが現地に乗り込んだにもかかわらず、エクソン社は 「会社の方針についての取材は本社のあるヒューストンとニューヨークのみで対応する」と決め、しかも情報を積極的に提供しようとしませんでした。

 第三に、エクソン社の最高責任者がオイル漏れ事故が起きてからほぼ一週間というものコメントをしませんでした。 一方、会社の作成した一般向けの情報とは異なる情報が石油業界の別ルートから流されました。 オイル漏れ事故に関する全国紙への謝罪広告は事故から10日も経ってから行われ、しかもその中でエクソン社は事故の責任を認めませんでした。


【教訓を得たエクソン社】

 このようなエクソン社の対応は、社会から強い批判を受けることになりました。 その後、エクソン社は全社員がアラスカでの環境クリーンアップ活動に参加するプログラムをたて、3ヵ月後には12000人をアラスカに派遣しています。 本格的な清掃活動は3〜4年間続き、エクソン社は事故処理に総額30億ドルを費やすこととなりました。

 さらに、リスク管理システムが不備であったことを反省し、1992年に安全・健康・環境を守るための全社的マネジメントシステム (Operation Integrity Management System)を構築しました。 これは、事故防止と緊急時対応を定めたもので、全施設が危機管理計画をもち、OIMSコーディネーターを置くとともに、経営層の関与、 地域社会やマスコミとの協力関係などを重視するようになっています。

 「(大企業の)エクソン社だったから、あの事件を乗り越えて存続できている」と言われています。 しかし、多くの企業は、このような間違いをすれば存続の危機に直面せざるをえないでしょう。




参考文献:
社)日本電気協会新聞部「危機管理 米国企業の戦略」



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