雪印食品の教訓

 2000年6月の雪印乳業食中毒事件,2002年1月に発覚した雪印食品の牛肉偽装事件。 「雪印」はリスク・コミュニケーションが企業の命運を左右することを教えてくれる身近な事例になってしまいました。 ここでは,日本大学の大泉教授が企業の危機管理の視点から指摘している教訓を紹介します。







偽装発覚以降の経緯

2002年1月23日 雪印食品の牛肉偽装が発覚
(倉庫会社側によるマスコミへの告発)
24日 雪印食品が社内に調査委員会を設置
26日 雪印食品が牛肉と牛肉加工品の製造・販売を停止
27日 産地偽装に加え「水増し請求」も発覚
28日 北海道産の牛肉を熊本産と偽ったことも発覚
29日 雪印食品が本社など3部署で偽装したとの調査結果を発表
吉田社長が辞任。食肉事業撤退を表明
2月 2日 兵庫県警などの合同捜査本部が雪印食品の本社を詐欺容疑で捜索
5日 雪印食品がパートなど従業員1000人の解雇発表。
雪印乳業が再建策の骨子を発表
2月 8日 農水省の調査で関東ミートセンターの輸入豚肉の「国産」偽装も発覚
22日 雪印食品が4月解散を決定



教訓1:ウソをつかない

1月23日午前11時30分,偽装発覚を受けて記者会見した吉田社長は,「偽装は関西ミートセンター長の独断」と語り,本社の関与を否定。

 後日の社内調査で,偽装工作は本社や関東ミートセンターでもあったと判明したため,結果的に会見の内容はウソになりました。 意図したかどうかとは別に,ウソの会見をしたことで一気に信頼を失ってしまいました。 したがって,危機発生時には,いかに早く,正しい情報を収集できるかが鍵になります。


類似例との比較をされる!

雪印食品は,雪印乳業の教訓を受け,小さな品質クレームも社長に連絡する体制を取っていましたが, 「こんな事態は想定していなかった」と後日語っています。

 危機発生後の企業イメージを左右するのは,その時のマスコミ対応,つまり「危機広報」です。 今回のような記者会見で大切なのは,謝罪や原因究明だけでなく,具体的な再発防止策や責任所在にも言及することで, 企業が本当に反省している姿勢を見せることです。



教訓2:スポークスマンは1人に(ワンボイスの原則)

1月23〜28日,関西ミートセンターでは関西統括支店の課長が平日2回,日曜1回,毎日会見を実施。 一方,本社側では28日に専務が会見しただけ。吉田社長が記者会見したのは辞任を発表した29日。

 この時期,マスコミ各社が連日のように「水増し請求」や「北海道産牛肉の熊本産偽装」などの新疑惑を報道しており, 関西ミートセンターの会見はそれを認めては謝罪するという悪循環に陥っていました。危機広報の窓口は本社広報室一本に絞り, 社長をスポークスマンとして前面に立てるべきでした。社長が隠れていると,責任回避のイメージを周囲に与えます。 また,複数の人がスポークスマンを務めると,混乱や誤解が生じます。



教訓3:経営トップの参画を印象づける

1月25日,農水省で報道陣に囲まれた吉田社長は,自らの進退問題に質問が及ぶと約3分で話を切り上げ, 走り去ったといわれている。28日には専務が本社で記者会見したが,社長は現れなかった。

 本来なら,社長自ら現地の大阪に出向き,陣頭指揮を執るべきでした。経営のトップが真相解明に積極的な姿勢を印象づけることが重要です。



教訓4:情報はできるだけ素早く,多く開示

1月29日,吉田社長が記者会見に出席。調査委員会が調査結果を報告し, 本社ミート営業調達部や関東ミートセンターでも偽装工作していたことが判明。

 調査委員会の結果発表に6日間というのは長すぎます。せめて,中間報告を出すべきだったでしょう。 特に,「関西ミートセンターの独断だった」という過去の会見内容がウソだったのですから,その部分の訂正だけでももっと早くすべきでした。



教訓5:メッセージはわかりやすく

2月5日,雪印食品は,パート,アルバイト従業員など1000人の解雇を発表。

 企業イメージを失墜させた最悪の判断でした。危機発生時は,大衆の期待を裏切らない,わかりやすいメッセージを打ち出すことが大切です。 「1000人解雇」の判断は,会社に全責任があるにもかかわらず,経営の建て直しを優先するあまり, 弱者を先に切り捨ている企業というイメージを決定づけました。経営陣は冷静な判断を下せなくなっていたと思われます。



教訓6:マスコミを敵に回すな

2月5日,雪印乳業が再建計画を発表。マスコミ各社が雪印食品本社の玄関前に集まるが,広報室は 「アポイントのない取材は受けない。電話でアポを取って」と応答。 記者たちは本社前から目の前の建物に電話を入れる結果となった。8日も同様の事態となった。

 危機広報のポイントの一つに「取材依頼があったら電話ではなく,直接面談して受ける」があります。 電話では誤解が生じやすく,間違った情報でも報道されれば独り歩きするからです。 雪印食品の対応はこの逆でした。すでに危機の「繭状態」に入っていたと思われます。


「繭状態」とは

2月5日,マスコミとの混乱の数時間後,会社側は談話を読み上げた。談話のコピーを求めた記者に, 雪印食品は「すでに各社にファックス済み」と突っぱね,押し問答になった。最終的にコピーは記者に配布された。

 活字情報は,客観的で正確な情報を伝える一番のツールなので,コメントはすべての場で常に紙で用意することが大切です。 報道機関に提供できる情報とできない情報を明確に区別し,堂々と話をすること。ウソやごまかしは不信と批判を増幅させ, もたついた対応は疑惑を生じさせます。とにかく,マスコミを敵に回してはいけません。記者会見は,記者に説明するだけの場ではなく, 記者の向こうにいる大衆に説明する場だと心得ましょう。



危機広報の重要性

2月22日,雪印食品の岩瀬新社長は,記者会見で「再建断念」「解散やむなし」の方針を明らかにした。

 もしも危機広報が上手にできていれば,回復不可能なほどに企業イメージが失墜することもなかったし,解散しなくて済んだでしょう。 ほとんどの会社が「万一の危機に備え,金をかけるのは・・・」と躊躇します。しかし,「万一の場合」は起こりうることですし, 備えがなければ会社がつぶれてしまいかねません。 危機広報のカギを握るのは,危機発生から数日間の初動態勢です。つまり,発生してからでは遅いのです。 発生前にどの程度予知・予測し,事態に備えた体制を整備するかが重要です。 広報室をPR担当と危機広報担当に分け,危機広報担当には周到なマニュアルを用意し,模擬記者会見など徹底的な訓練をしましょう。 欧米では,社長や重役クラスが模擬会見で受け答えの練習をするのは当たり前です。 危機管理委員会を常設し,一元的な情報管理ができる体制をつくることも有効です。



ペプシ・コーラ事件

 1993年6月,米国でペプシ・コーラから注射針が発見された事件がありました。 この時,ペプシ・コーラ側は最高責任者がスポークスマンを務め,素早く情報を開示し, 消費者向けに無料の24時間電話相談窓口を開設しました。その結果,注射針事件の1週間後,ペプシは事件前より売上げを伸ばしました。 ペプシの事例は部外者の犯行だったため,雪印の例と簡単に比較はできません。 それでも企業は広報などの対応いかんで危機をプラスに転じることもできるのです。 (同様の事例は,経営層によるRC事例に紹介されています。また,緊急時対応のチェックリスト組織のためのクライシス・コミュニケーションも参考にしてみてください。)




参考資料:
特集ワイド「雪印食品が残した危機管理の教訓 社長と広報がカギ握る」毎日新聞2002年3月20日夕刊。



| 章の先頭へ  | 前へ | 次へ | 次の章へ | トップページへ |