プロジェクトの目的と背景


研究の背景

今、科学技術そのものが有するリスク、科学技術依存社会がもつリスク、そして科学技術と社会の乖離 (科学技術に対する関心や専門家・推進者と一般公衆の認識のギャップや社会的な抵抗や拒否) がもたらすリスクが顕在化しつつある。このような状況のなか、科学技術リスク問題に対処するには、 国民の科学技術リスクについての理解促進、問題に対する主体的な判断・行動が可能となるような環境を整備すること、 すなわち個人レベルではリスク情報を批判的に吟味し、正確なリスク情報の意味するところを理解する、 そして問題の本質を見極める能力を培うというリスク感性を養うこと、一方社会レベルではリスク評価活動に対する 社会的信認の確保・維持に努める、利害関係者(一般公衆を含む)による共考・協働プロセスを用意するというリスクを最小化する 仕組みを組み入れることが求められる。そして、この実現に寄与するのがリスクコミュニケーション活動である。  原子力界ではここ十年来リスクコミュニケーションの重要性が指摘されてきたが未だ官民において具体的な活動はなされておらず、 現在リスクコミュニケーション活動が始まりつつある化学産業分野や食品安全分野に大きく遅れをとることが懸念される。 また、原子力界においてもJCO臨界事故を経験した東海村では、村民がリスクの存在を実感しながら原子力との共存する地域社会、 原子力安全対策モデル自治体を目指していくために、目に見える形でのリスクコミュニケーション活動の展開を求めている。



研究の目的

科学技術と社会との新たな関わり方のひとつとしてリスクコミュニケーションの社会的定着を目標とし、原子力技術の開発・利用に伴う リスク問題を取り上げ、行政・住民・事業者が参加するリスクコミュニケーション社会実験を行い、それらの経験・知見そして社会的視点からの 評価を踏まえ、リスクコミュニケーション活動のためのシステム設計、運用、評価の実践的なガイドラインを作成するとともに、 リスクコミュニケーション活動の社会的効果について明らかにする。



研究の手法

本研究は,以下の3項目から構成される。

1. 原子力技術の開発・利用を題材としたリスクコミュニケーションの社会実験

茨城県那珂郡東海村を社会実験地として、行政(東海村役場)・東海村住民・事業者(核燃料サイクル開発機構・東海事業所)・ 研究機関(大学・電力中央研究所)によるリスクコミュニケーションの社会実験を行う。実験では、行政および事業者の過去の コミュニケーション/広報活動実態についての自己評価と住民による評価、住民や他の利害関係者の関心/懸念事項の把握をした上で、 住民を含む利害関係者による具体的な題材の選定、問題背景と現状の把握、題材に対応したリスクコミュニケーションの目標設定や コミュニケーション・プラットホーム(公開討論会、インターネット、ワークショップなど)の選択、プロセスの設計と実施、 住民のリスク認知や情報ニーズを踏まえたリスク情報・データの作成とメッセージ設計、行政・事業者側コミュニケーターの人材育成(教育・訓練)を試みる。 実験では、欧米の政府機関・研究機関などが実践事例の分析・経験等を踏まえ作成してきたガイドラインやマニュアル、 日本リスク研究学会による文部科学省ミレニアムプロジェクト「環境リスクの診断、評価およびリスク対応型の意思決定支援システムの構築」 (研究代表:盛岡通阪大教授、本研究代表者谷口がRC研究グループリーダーを務める)の知見を整理し、それを適用・改良していく。

2. リスクコミュニケーション活動の社会的効果の評価

社会科学系研究者(社会学、行政学、社会心理学等)を中心にしたチームを編成し、上記@の社会実験、および社会調査 (利害関係者へのインタビュー、アンケートなど)を通し、以下のような視点から、リスクコミュニケーション活動の社会的意味合いと効果を定性的、 定量的に評価する。

当該リスク問題の理解度の変化
参加の満足度(利害関係者ごと)
参加の機会・ルール/議題設定・議論の公平性
提供情報の十分さ、説明、共通認識、建設的議論の有無
結果の反映、事後評価

ファシリテーターや営組織に対する評価
政策決定プロセス(公正観や効力感など)や情報公開(知る権利)への関心度の変化

リスク認知の全般的な変化、変化の大きな心理特性指標

利害関係者間の信頼レベルの変化

社会的費用の削減/増大
リスク対応策の決定・実施に要した時間・社会的労力
決定事項の効力の(制度的、社会的)持続性

科学技術リスク研究への関心度(必要性認識)の変化

リスクコミュニケーション参加主体外への波及効果
他事業者/産業の取り組みの変化
事業者間の情報伝達の(質的、量的)変化
住民から住民への情報伝達の(質的、量的)変化

リスクコミュニケーション参加主体への外部からの波及効果
外部からの問い合わせ量
メディアへの取り上げられ方

3. リスクコミュニケーション活動の実践ガイドラインの策定とリスクコミュニケーション活動の制度的維持管理方策の検討

上記@での経験・知見およびAの評価結果を利害関係者別ガイドライン、プロセス設計およびリスクメッセージ作成用ガイドラインとしてまとめる。